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2009.07.22

廓然無聖

三年前、母方の祖父が亡くなった時
私は相方とツーリングに言っている最中で四国に居た
残りの二日間の日程を唯々走って
一報を受けた二日後の夕方に帰宅
形だけの初七日には間に合ったが
通夜と葬式に間に合うわけもなく
最期の別れとか全く出来ませんでした

さらに前、私が小学校に入ったぐらいですか
私の叔父、父親の弟が亡くなったのですが
その頃の私はまだ
葬儀だの通夜だのということの認識も出来てないし
記憶にも残ってません

なので、20日の夜中に
おばぁちゃんが亡くなりました
と母親からメールが来てから
今日までの間
身内がが亡くなった
という事を肌で感じるのは今回が初めてでした

いつもなら、時系列順に
つらつらと書き綴るところですが
やはり内容的にそう書くものではないと思って
途中まで書いて破棄しました

ただ、やはり思ったこと、感じたことは
何らかの形で残しておこうか
とは思うので


ちょっと最近、自分の中での死という考え方について
内容的にずっと上げておくものでもないので
数日前に記事そのものは消しましたが
書いていたと言うこともあって
なんとなく人が死という感覚を
改めて感じる機会を得たのかな
とも思いました

恙無く終了した祖母の告別式
その間で
喪主の叔父の言葉で
祖母の最期の時を語ったときに叔母が泣いていたこと
棺の中に横たわる祖母の顔を見ることが出来ず
泣き崩れる母親

私はその場に居たわけではないので
最期の状況を聞いたところで
感慨深いものは浮かんでは来ず
祖母の顔を見ても
あー歳の割には綺麗な顔だな
と思うぐらいで
哀しくは無いのかと問われたら
少し困っていたかもしれません

火葬場に着いて
これで本当に最期の別れと言われ
棺にお線香を乗せたときも
ただ、淡々と
今自分がしないといけないことをしていただけというか

自分でも思った
こんなアッサリしてて良いのだろうか?
棺に入っているのがもし
親だったら?姉妹だったら?相方だったら?
と、想像してみてもやはり
同じなんだろうな


その後、拾骨をしろと言われていたが
配役が変わる
で、その場に行ったとき
たぶん宗教的な意味を持つ部位の骨を
作業員の人が器に移し
それを親族の決めておいた人
何故か名古屋市が10人と決めているので
私の母親兄弟とその叔父叔母達が
二人で箸を使って
必要であろう数だけの骨を骨壷に入れていました
残った大部分の骨は市が埋葬します
とのこと
そんなんでいいのか?

んで、その後催事場にもどって
初七日
本来は命日から七日目に行うものらしいですが
最近は
そうそう親族に集まってもらうのも難しい
という理由からか
葬儀の後、纏めてやるそうです

う~~~~ん

なんか、違う気がしてならない
どう、とは言えないんだけど
現実的に仕方の無いこともあるでしょう
一週間後にまた集まれだの
そのために坊さん呼ぶのも
人が皆宗教に執心しているわけではないので
専門家の人に任せるのも
仕方がないことです

が、なんというか
私が常に感じていたのはたぶん
中途半端
と言うことかな

でもそれが今の当たり前なんだろうな




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