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2009.11.23

忘我混沌

天橋立
日本三景の一つであり、雪月花に当てはめる場合の雪である
厳島神社のように世界遺産登録はされていなく、ミシュランの旅行ガイドにも載っていない
ちょっと不遇な観光名所である

そんな在り来りな判り易い目的地に
夏に予定していた富士五湖ツーリングが破綻してしまった変わりに
一泊で行ってきた
現地は晴れ
2009年11月23日その12009年11月23日その3
名所という事で景色も非常によく
2009年11月23日その2
あの、股覗きもしてきた

5月に福井県の三方五湖に日帰りで行った
ネット環境がまだ無かったので記事を書いてはいなかったが
という驕りもあり
此処、名古屋からそう遠くないと見限っていたが
初日から予定は総崩れだった


そもそも、事の発端は
秋に紅葉を見に京都の観光地巡ろうか
という、非常にアバウトな計画しか立っていなかった今回の企画
予定日の一週間前に、私の原付の整備を相方が担当してくれる
という有り難い勧めに私は甘えさせていただく事にして
仕事の帰りに単車を持っていった折
整備するのは良いが、実際のところの予定はどうする
と、相変わらずのノープランっぷりを発揮する我ら
当初の予定通り市内観光をして簡単に帰ってくる
というなんとも決まったのだかそうでないのか判らない
毎月のように京都に足を運んでいる相方と
またしても京都に行くと言うのは
正直、私としては気が削がれていた
非常にやる気の無い会議が進む中で宿をどうするか
という段になり
一週間前だと何処も予約できないか
一抹の不安を抱えて検索
市内は何処も無理だった
主に金銭的な意味で
ふと目に止まったのが北京都方面
京都市内より向こう、北側に侵食した形跡は無い
この辺になら泊まれるのか
で、この辺りと行ったら何があるのか

完全な思いつき、議論の根底から覆す
目的地の変更
言い出したのは私だ
翌日、手頃な民宿に予約を入れた


当日の朝
夜中まで装甲悪鬼村正を進めていたと言うのに
起床予定時刻6時にキッカリ目が覚め
出発の準備、装着、集合場所へ
7時丁度に到着するも相方の姿なし
また遅刻か
いつもの事だな
出発前に撮っておくかと
2009年11月23日その42009年11月23日その5

メーターの数字を記録しておく
ふと何かが鳴っている
携帯以外に鳴物は持ち合わせていない
見ると、メール一件不在着信3件
全て相方である
起きたのはほんの10分程度前だという

さてどうしたものか
このまま待っていても良いが
私のモチベーションは下降の一途を辿る事になるだろう
それは私としても相方としても避けたいところだろう
睡眠時間も短いのに、やる気まで落ちてしまっては
走行中に寝る事は必死
少し先行して走っておく事にした

先に出発する旨を相方に連絡
通常よりもペースを落として走行
出発から約一時間で
2009年11月23日その6
いつものコンビニで朝食を摂る
原付が二台写っているが
此処で相方が追いついた
ほぼ予定通り

ヒートテック、長袖Tシャツ、フリース、インナー、ジャケット
結構着込んではいるが、これから峠を越えたりすると
確実に冷えてくると想われたので
2009年11月23日その7
張るカイロを買った
お腹と腰に貼り付け温もりを携えていざ

順調に一号線を走る
途中で
2009年11月23日その8
こんな人に合った
相方のカブ仲間らしい
挨拶と、魂的なもの
渡すものなんて無かったので
先ほど買ったカイロを餞別に渡し
ただ只管に一号線を走って疾って奔って
滋賀に入りふと信号待ちで相方が
あれ、いつも気になるんだよね
2009年11月23日その9
と、一つの店を見る
うばがもち
確かに気にはなる
時間は昼より少し前
早めの飯という事でよる事に
って、またしても蕎麦屋だったわけだが
2009年11月23日その102009年11月23日その11

腰のカイロが良い具合に熱を発して店内で汗をかき始める前に退散
往路で土産を買うという愚行にはしる相方
2009年11月23日その12
この説明文は如何ともし難い

その後、順調に京都入り
渋滞を潜り抜け、途中から雨が降り出し
合羽を上から着込み、手と足以外の防寒対策は万全な状態で
ただ只管走る

写真も撮れないので雨の時は
相方がぼくおしっこと言い出す以外は只管に走るのみ
途中、道の駅に寄った気がするが
生憎写真は無い

そして時刻は5時を回り
曇りとはいえ太陽の恩恵が無くなり
辺りは街灯なんか無い道が続き
雨粒による視界の悪化
自らの吐息のせいで曇るシールド
対向車のヘッドライトが視界を白化させ
頼るのは相方のテールランプのみ
そのライトを見るにも
私の目は
少ない情報量の中の一つを注視すると
確実にズレが生じるために片目運転をせざるを得ない
即ち、距離感が無い
路面は濡れている
山道特有の上下と左右に揺れる道
正直言おう
怖くて仕方が無かった

5時半に民宿に到着するや否や
先ず風呂に入り
身体を温める
まぁ、先も言ったとおり
身体に関して言えば防寒対策は万全であると言えるので
そこまで急を要してはいなかったが
折角なので先に頂いた
2009年11月23日その13
食事までの休憩がてら

先ほど買ったうばがもちと言うものを開けてみる
2009年11月23日その142009年11月23日その15

どう見ても冷凍問題で一時販売中止になった伊勢名物そっくりなのだが
一つ頂く
感想は、言うまでも無かった

さて、食事であるが
この時期この辺りでは
蟹が解禁されるのか、殆どの宿泊客は蟹鍋を食したみたいだが
生憎と私は蟹は嫌いなので普通の食事
でも寂しいので
2009年11月23日その162009年11月23日その172009年11月23日その18

牡丹鍋と洒落込む事にしていた
猪年の私が牡丹鍋というと
若干の共食いなのではなんて想いつつも
煮えた鍋から肉白菜葱牛蒡蒟蒻豆腐等々を取り分けいざ口に運ぶ

牡丹鍋なんて初めて食べるので
期待感と不安感が渾然一体に入り混じった心境であったが
これは、美味いな
野菜と一緒に食べれば

煮えた肉単体では少し臭みがあるが
野菜と味噌出汁でうまく消してやればどうと言うことは無い
宿のおばちゃんも言っていたが
牛蒡が美味い

で、あの写真の量の肉と野菜が二人分という事らしい
牡丹鍋を注文したのが
どうやら私達だけであったらしく
残った野菜と採った肉を全て乗せた
軽く3人前以上4人前以下の量はあるであろうその気遣いは
相方の許容量からすれば要らぬお世話であった
ここは私が頑張るしかないので
ただただ箸を進め、肉と野菜を鍋にぶち込み
煮えたところからまた箸を突付く
2009年11月23日その19
食べ終えたのは、食事開始から一時間半も経った後だった

部屋に戻りすることもないので
布団に入り、寝る
電気も消して、寝る
相方と何か話してた気がするが
ただ、寝た

朝、6時半に目が覚めると
相方は4時半から起きていた云々言っていたが
布団から出る事もせず、現実と夢想の間を漂っていたのを
起きていると言うのはおこがましいと思う

早々に出発の準備をし
後は朝食を済ますだけだが
時間を聞くのを忘れていた
7時半から、らしい
しかし、呼びには来ない
8時、いい加減遅すぎるので催促に行って
早々に平らげ
といっても、出発したのは8時半だが

天橋立
原付通行可らしく
2009年11月23日その202009年11月23日その21
当初は歩いて観光する予定だったが
時間的に無理に成った為に各自走行しながら好きなところで写真を撮っていた
2009年11月23日その222009年11月23日その232009年11月23日その24
2009年11月23日その252009年11月23日その26


で、傘松公園まで行き股覗きをして
お土産を買って
来た道を戻る

帰路も全て来た道を戻る
ルート変更をしなかった理由としては
考慮する時間が無い
どの道を通っても時間はさほど変わらない
ならば判り易い道を行け
という事だった

途中、コンビニで渡してしまい
復路用のカイロが無いために購入し
道の駅舞鶴港とれとれセンターにも寄ったが
道の駅というよりも
海鮮市場という風だったので、客の多さと見るべくの少なさで
特に印象に残っていない

昨日は暗がりで全く見えなかった
2009年11月23日その272009年11月23日その282009年11月23日その29

風景を収めつつ走る
天気が良い成ればそこの走行中の撮影

昨日は雨で撮れなかった
なんとも力強い地名
2009年11月23日その302009年11月23日その312009年11月23日その34
も収め
途中のマクドナルドで簡単に昼食も摂ったりしたが
2009年11月23日その332009年11月23日その32
お嬢様と遊んでいただけだった

後は走って帰るだけ
雨も降ってきたので合羽を着込み
往路では腹部に張っていたカイロが
思う様な効果を上げていなかったので
下腹部
要は下着の上に貼り、腰と腹とで
防寒対策
実際には冷えから来る尿意対策だが
を万全とし
小雨の振る中走行
軽く3時間半はただ奔っただけ
京都市内は雨の中
観光客の車で大渋滞
それを抜けると気温7度の中の山道
辺りは次第に暗くなり
昨日の宿に付く手前の状況に成る前に
鈴鹿峠を越えたかったが
その手前
道の駅あいの土山で相方がトイレ休憩
雨の中、一旦止まると
再出発する、という行動に出るまでのモチベーションを上げるのが
少々難儀だ
それを思って我慢していたのだろうが
限界だったのだろう

降る量は小雨とはいえ
4時間近く走行していれば土砂降りの中歩くのと
そう対して変わらないほどの濡れ具合になる
しかも、合羽を着ている体と脚はなんとも無いが
如何しても隙間の出来るグローブと
防水対策の無い靴の浸水被害は甚大で
靴に至っては合羽が弾いた水が流れ込むという被害も出て
指先の感覚がなくなっていた

ゆっくりしていても感覚が戻るわけでもないので
トイレを済まして、やる気を鼓舞して再出発
これ以上休憩はせず後は各自家に着くだけである

峠を越えて亀山、四日市と街中を進んではいるものの
名古屋のように街頭とビルによる煌々とした
人工的な明るさの無い道では
私の視界状況は最悪
この状態を最低でも後一時間半行わないと家には帰れない
山道ではないのはまだマシという程度で
相変わらず距離感は無い
先の見通しの出来ない中渋滞を潜り抜けるためのすり抜け
通称名古屋走りを慣行
身体は覚えているものでそこまでの不自由は無い
が、信号で止まるたびに閉眼し少しでも疲労を取り
然る後出発
と言うのは中々難儀
完全にしないに入った後でも
矯正視力、両目で見なければ免許証公布限度の0.8
の視力しかない私の目で
片目運転などしていたら看板なんか見えるわけも無く
自宅に帰る道を間違えそうになった

八時前には家に着き
雨具、荷物の整理、食事を済ませる頃には9時を過ぎ
ツーリングとしては20回と言う節目の
記念すべき旅は
目的のみを見れば最高の
道中は見るものも無い
実に私達らしい内容になったのではなかろうか

今回で一番勉強になったのは
日が暮れてからの走行は控えないと
今後、何かが起きた後では遅い
という事だろうか
街中だからと楽観視していたが
それは本当に人工的な明るさのある中でないと
私の眼は耐えられないのだろうな

帰宅して、防水仕様の鞄類から鍵を出すこと叶わず
インターホンを押して中に居るであろう姉に開けて貰おうとしたが
勧誘集金の類と勘ぐられ
10分程度玄関前で立往生していたのは
語らざるべきだろうか





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